*のこりもの*



昔ある所に、一匹の猫がいました

その猫は人が死ぬ時がわかりました

あの人は今日死ぬな

この人はもうすぐ死ぬな

そんな事がわかりました

最初に分かったのは、飼い主の時

猫は泣きました

泣いて鳴いて、何も食べず、何も飲まず泣いていました

飼い主の墓の前から動きませんでした



飼い主を失ってから何も食べず、何も飲まない猫

それでも猫は生きていました

ある日猫はかすれた声で一つ鳴くと、飼い主の墓の前から離れました

人間よりも寿命の短い猫

しかし、猫は人間より遥かに長い時間を生きてきました

猫は自分でも知らないうちに、命の欠片を糧にしていたのです

いつしか猫は、簡単に死んでしまう人を可哀そうに思うようになりました

独りきりで死んでいく人間をたくさん見てきたからです

誰にも気づかれることなく、腐っていくのを見てきたからです

猫は死が近い人に近づくようになりました

独りきりで死ななくてもいいように

最後の息がなくなるまで、そばから離れませんでした

そして命の欠片をもらいました

死によって猫は生きていました



猫は人を可哀そうに思いました

しかしそれは、対象がはっきりとしない感情です

猫は人を「人」としてしか捉えていないからです

ただただ、猫は可哀そうだと思い、看取り、生きていました

それ以外に、なにもありません

猫の左眼は

命の色に染まっていきました



気づけば猫は、人間から「死の使い」と呼ばれていました

どのくらい前からなのか、猫は知りません

忌み嫌われ、石を投げられることもありました



猫は感覚を失いました

飼い主を失った悲しみも

人間に近づくようになったわけも分からなくなりました

そして猫は一人の少女に出会います

目の見えない少女

彼女には死が迫っています

どういう形で死ぬのか、猫にはわかりません

ただ猫は死を、生のかけらを貰おうと思いました

貰おうと思いました



生のかけらを貰ってきた人間はみな、自分のために猫を近くにおきました

だから猫はなにも感じませんでした

なにも感じなくなりました

しかし少女は少し違いました

猫にはなにが違うかわかりません

ただ少しだけ

少しだけ記憶の彼方に、あの飼い主を思い出しました

あの人間がくれた

あの人がくれた

もう冷えついてしまった温もりを



猫は少女から色々な話を聞きました

好きな遊びのこと

好きな食べ物のこと

好きな景色のこと

好きな…

好きな……

好きな………



光と共に、少女は大切な人を失いました

大切な大切な人を亡くしました

少女は毎日泣いています

家族に知られないよう、小さな声で、小さな涙で

猫はなにも出来ませんでした

少女は今日も泣いています

閉じられたままの瞳から、ぽつりぽつりと涙がこぼれます

猫はかすれた声で一つ鳴きました

猫は思いました

あの頃の自分を思って、もう一つ小さく鳴きました



ずっとずっと生きている猫

もうすぐ死んでしまう少女

飼い主を亡くした猫

大切な人を亡くした少女



思い

想い

想い



猫には分かりません

どうして死が分かってしまうのか

猫には分かりません

どうして自分が生きているのか

猫には分かりません

どうしてこうなってしまったのか

猫には分かりません

今の自分の気持ちが

猫には分かりません

分かりません…

分かりません……



猫は少女に近づきます

泣いている少女の膝に上がり

濡れている頬を舐めました

手探りで撫で返す少女

応えるように舐める猫

少女は不思議に思いました

猫が一舐めする度に、軽くなっていったからです

少女は見えない瞳を開けました

ぼやける視界の中に、一匹の猫がいます

真白い毛並みの美しい猫

左の目を舐められ、少女はおもわず目をとじました

次に目を開けた時

猫はもう

そこにはいませんでした

少女の左眼は

命の色に染まっています


-fin-