このシリーズはTwitter上で発生した #狐面村 に基いて作られています。
狐面村 企画主様 @komen_mura
http://twpf.jp/komen_mura



四色目:山ごもり(前編)



 昨晩の雨のおかげで今朝は空気が澄んでいる。
 露に濡れた葉を撫でながら莉子( @ice_cage)はそんなことを思っていた。
 和服姿が多いこの村には珍しい異国のドレスを身に纏っているのは、狐面村で植樹園を生業としている莉子。
「りこー!」
「きた!」
「しちょう! りこ!」
(訳:莉子、師匠来た!)
 元気の良い声の方を見ると、3匹のコマネズミがくるくると回っている。
 その後ろから長毛の猫が1匹。
 莉子はゆっくりとしゃがみ、猫と目線を合わせた。
「仁さん、おはようございます」
「おはよう。気持ちのよい朝だな」
「あさ!」
「おはよう!」
「きもちい!」
 “師匠”とも“仁さん”とも呼ばれるこの猫。
 野良猫なために名前がない。
 本人も名前を決めておらず、各々好きなように呼ばせているため非常にややこしい。
「ええ、本当に。よろしければ朝食をご一緒しませんか?」
「ふむ、では頂こうか」
「ごはん!」
「しちょう!!」
「せなかー!」
 コマネズミは一緒に食事できるのが嬉しいのか遊びたいだけなのか、師匠の背中や頭の上に乗ってはしゃいでいる。それを特に咎めることもなく、師匠は優雅に歩き出した。莉子も並んでゆっくりと歩く。
 賑やかしくものんびりとした空気の流れる散歩を楽しんでいると、ふいに仁さんが口を開いた。
「そうだ、そこの草陰なんだが」
 仁さんに言われ目を向けると道を挟んだ向こう側に大きな茂みがある。茂みというよりは、道よりあちらは森なのだが。
「香墨が倒れてた。朝食後でいいが、悪いが何か食わせてやってくれないだろうか」
「え?!」
 ドレスを軽く持ち急いで見に行くと、そこには確かに葉っぱまみれで倒れている香墨がいた。服は土で汚れ、髪もぼさぼさで狐面も外れそうになっている。体温も大分低くなっているようだ。なんとか助けようとするものの小さな莉子では香墨を運べない。懸命に引きずろうとするもびくとも動かない。とりあえず面だけはしっかり結んであげる。面は村の決まりなのだ。
「よいしょ…うーんっ」
「無理をするな」
「でも…どうしましょう…」
「どうしたんだい?」
「それが香墨さんが倒れていて…」
「ふぅん、それは大変だ★」
「そうなんで…え?!」
 いつからいたのか、莉子の後ろには仁さんを腕に抱えた男が立っている。シャツにベスト、菱型の模様の入った面をつけた男。
「あの…どちら様でしょうか」
「僕は菱沼っていうんだ。よろしくね★」
 菱沼は莉子の手を恭しくとると、その甲に口付けをした。仁さんは心なしか呆れた表情に見える。
「まぁ。こちらこそよろしくお願いします。少し手を貸して頂けませんか。この方を運びたいのです」
「それは無理だなぁ。僕猫より重いものは持てないから★」
「そんな…」
「バカ言ってないで手伝いたまえ」
「えー。めんど――ああ、良い事思いついた。ちょっと待っててね」
 菱沼は仁さんを莉子に渡すと、トントンとスキップをするように飛んで行ってしまった。この村では特別珍しいことでもない風景。人ではないものも住む村。深く干渉しない場所。
「あの方は新しい村の住民なんですか?」
「正確には住民ではないがな。野良の私と似たようなものだ」
「ふふ、では住民なのですね。でも何処へ行ってしまったのでしょう」
「さぁ。あの男はよくわからん」
 しばらく菱沼が消えた方向を見ていると、こちらに走ってくる人影が現れた。遠目からでも分かるあの深い紺色の服と面は…。
「香墨さんが倒れてるって聞いたんですけどココですか?!」
 村のお巡りさん、狐月(@k_beans_)だ。額の月が紺色の面によく映える。
「狐月さん。香墨さんならここに」
「悪いが家まで運んでやってくれないか」
「はい! 僕が責任持ってお家までお運びします」
 頭についた落ち葉を軽く払うと、狐月はひょいと香墨を抱き上げた。お姫様だっこで。
「そういう持ち方をするのか」
「え? 何かおかしいですか?」
「なんでもない。頼んだぞ」
「はい。では失礼します」
 スタスタと歩く狐月の背中を莉子が食い入るように見ている。
「仁さん、私思ったんですけど」
「なんだ」
「香墨さんっていつも同じ服着てますよね」
「…。あいつは着るものに興味がないからな」



 右目の奥の痛みで目が覚めた。目を開けると見慣れた天井。いつもと変わらぬ本や紙が散乱した寝床。香墨はゆっくりと起き上がり、動かない脳みそで記憶を辿る。確か山に入ってそのあと…。
「おはようございます」
 布団の横に狐月が座っていた。背中越しの窓から差し込む夕日でよく見えないが、制服を着ているということはまだ勤務中なんだろう。
「すみません、勝手に上がってしまって。様子が気になって」
「あー…ええと…もしかして倒れてた?」
「莉子さんの植樹園の近くで。あとこれ、お見舞いだそうです」
 枕元に大きな籠にいっぱいの果物がおいてあった。それと小さな花の束。今の香墨とは真逆の、新鮮で生命に満ちた香りがする。経緯を狐月から聞くと、香墨はどさっと布団に倒れこんだ。
「そう。迷惑かけちゃったね。今度お礼しないと」
「今回はどれくらいこもってたんですか? こんなに痩せて」
 以前より破れている面の下の頬はやつれ気味で、腕をとると成人男性より遥かに細く折れてしまいそうだ。元々細身ではあるがこれはそういう細さではない。
「どれくらいかなぁ」
「いつか本当に死んじゃいますよ!」
「大丈夫大丈夫」
「大丈夫な人は行き倒れたりしません!」
「あはは」
「笑い事じゃないですよ、全く。僕はそろそろ行かないと。これ、莉子さんがお腹に優しいから最初に食べてくださいって」
「分かった。ちゃんと食べるよ」
「絶対ですよ。僕そろそろ戻らないといけないので」
「うん、ありがとう」
 狐月が出て行くのを布団から見送り、早々に起き上がろうと…したタイミングで狐月が振り返る。目で「寝ててください」と言われ香墨はしぶしぶ布団に戻った。壁際に並べられた自分の服や道具たちは狐月がやったのだろう。玄関が閉まる音を確認してからもぞもぞと起き上がり鞄の中から小瓶を幾つか取り出した。空の瓶が3つと茶や朱の液体が入った瓶が数個。コレが今回の収穫物。その中の一つを手にとって夕日にかざしてみる。明るい、それでも落ち着いた茶のインクはオレンジと混ざって溶けてしまいそうだ。
「うん、これにしよう」
 布団の上に置かれた莉子から最初に食べるようにと言われた果物を一口かじると、のそりと立ち上がり工房へ向かうのだった。

―end―