このシリーズはTwitter上で発生した #狐面村 に基いて作られています。
狐面村 企画主様 @komen_mura
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二色目:朔の夜



村の夜は暗い。人の社会ならまだ煌々と明るい時間でも、如何せんここは山の中。まるで闇が光を吸い込んでしまったようだ。人はこれを恐れるのだろうな、なんて思う。

「この辺でいいかな」
真暗な森の中に香墨はいた。着物にブーツを履いたお決まりの姿に今日は袋を持っている。面を左にずらし、何処を見ているのか中天辺りを眺めながらふらふらと古い切り株のところまで来た。袋の中から透明の液体が入った瓶を取り出す。瓶と頭上に広がる夏の夜空を交互に見、思わず口元が緩む。
「いい塩梅だ」
瓶の口を開けそれを切り株の上に置き、小さくパンパンッと二拍手。
「よろしくお願いします」
「そこにいるのは香墨か?」
ガサガサと闇が動いた。そちらを見ると新月の晩でも見分けがつくほど白い毛をした猫が一匹、狐面を背負ってゆるりと歩いてくる。黒い毛の部分だけ闇に溶けたようで少し不気味だ。
「やぁ、森さんじゃないか」
「こんな時分に何をしている?」
「ちょっと色を分けてもらいにね」
この猫は村に住んでいる野良猫。名前はないらしいので、僕は『森さん』って呼んでる。なんでも品種がノルウェーなんちゃらふぉれすと…長いから、森さん。村の決まりで狐面をしてるんだけど、サイズがなくて背負ってるだけ。怒られないのかな?
「ん? 森さんそのおでこどうしたの?」
「あゝ、昼間にちょっとな。どんな糊か知らんが取れんのだ」
そう言いながら森さんは前足で額を掻いた。手が離れると再び間抜けな顔をした狐面のシールが現れる。
「いや、似合うよ、ははっ」
「…」
不機嫌そうに睨みつけられるが、面白いものは仕方がない。シールから見て香屋のものだろう。気まぐれ香屋が悪戯半分で貼ったに違いない。詫びれもなく笑う僕を見て、森さんは剥がすのを諦めたようだ。
「先ほど『色を分けてもらう』と言っていたな。草木や石からとるのではないのか?」
「そういうやり方もあるね。僕はイロ蟲を使うんだ」
「イロムシ?」
「そう。世界には色んな色があるだろう? 熟れたトマトの赤、太陽を追いかける向日葵の黄、吸い込まれそうな夏空の青。イロ蟲っていうのはそういう世界の色を身体に取り込む蟲なんだ」
「ほう、変わった虫がいるのだな。それを捕まえに来たのか。どんな姿をしている、私も手伝おう」
「あはは、ありがと。でも森さんには視えないかも。中々いないんだよね、視える人」
「そうか」
尻尾を振っていた森さんは少し残念そうにしながらその場に座り込んだ。つられて香墨も腰を下ろす。地面がひんやりとして気持ちがいい。
「どう捕まえるのだ?」
「正確には捕まえはしないんだよ。イロ蟲っていうのは、1色しか取り込めないんだ。新しい色を取り込むと前の色はその場に落としていく。それを頂くんだよ。あれはそのための瓶」
「では蟲の気紛れ待ちなわけか」
「うん」
「…」
「…」
それ以上は何を話すでもなく、二人して空を仰いだ。新月の夜空にはたくさんの星が瞬いている。白いもやのような天の川。それを挟んで2つの明るい星。天の川の中にも1つ。この3つを線で結ぶと夏の大三角だ。風が木の葉を揺らしていく。
「静かだな」
「静かですね」
大きな星がシュッと音を立てて流れていく。尾が消えた頃、ぼうっと瓶が闇に浮かんだ。
「お、見ててください。イロが落ちますよ」
闇に慣れた目を凝らしてみると、透明だった液体にぽとりと夜空が落ちた。水と空が混ざっていく。
「ほう」
「この瞬間が好きなんですよ」
ほどなくして再び辺りは闇に包まれる。香墨はそれを見届けるとおもむろに瓶の元へ向かった。そして小さく二拍手。
「頂戴します」
そして一礼。蓋をして大事そうに袋へと戻す。
「森さんは人間になったりできないの?」
「できないな。なる気もない」
「そっか、残念。猫じゃあペンは使えないからなぁ」
「ふふ、使えなくて結構だよ。私は猫だからね」
「それもそうか。また遊びにおいでよ、この間美味しい鰹節手に入れたからさ」
「ほう。また伺おう」
「うん、じゃあまた。おやすみ」
「おやすみ」

人は闇を恐れて光を手に入れた。けれど闇には闇の楽しみ方がある。それを忘れてしまうのは、少し寂しいと思う。僕の楽しみ方は少し特殊だけれど。 きっと来るお客人のため、新しい夜空を店の片隅に置いておこう。

-end-